日本初、量産化された国産ジェットエンジン


J3ターボジェットエンジン

日本初のジェットエンジンは、戦時中、同盟国であったドイツのメッサーシュミットMe262を参考に開発された「橘花」(海軍特殊攻撃機)に搭載されていました。富士重工の前身である中島飛行機で製造開発された推力475kgfを発生する「ネ20」ジェットエンジンを2基搭載し、昭和20年(1945年)8月に木更津飛行で初飛行に成功しました。しかし終戦とともにすべての橘花は解体され、二度と大空を飛行することは出来ませんでした。
昭和27年(1952年)、航空機の空白期間を経て、富士重工業 大宮製作所にてJO-1ターボジェットエンジンの設計・試験が開始されました。ちょうど同じ頃に石川島(現IHI)でもJ1ターボジェットエンジンの開発がおこなわれており、様々な理由により、2つのエンジンは日本ジェットエンジンに移管され、「XJ3(のちにYJ3)」として共同開発されました。
そして昭和29年(1954年)防衛庁が、中級ジェット練習機の開発を計画し、後に国産ジェットエンジンが搭載されることが決定しました。様々な要求条件をクリアするために地上試験や空中試験を何度も繰り返され、要求推力である1,200kgfに達成し、J3-3として認定されました。
しかしこの間に中級ジェット練習機の初飛行には間に合わず、ブリストル・オルフュースのジェットエンジンMk805を搭載した「T-1Aジェット練習機」が生産されました。
J3-3は、昭和35年(1960年)にT-1ジェット練習機に搭載され宇都宮飛行場にて初飛行に成功し、正式採用となりました。翌年にはIHIにて生産が開始され、T-1Bジェット練習機としてJ3ジェットエンジンが搭載されました。
その後推力1,400kgfに増加された「J3-7」の開発が進められて海上自衛隊の対潜哨戒機「P-2J」に採用、のちにT-1Bジェット練習機に換装し、合計247基が製造されました。


橘花に搭載されたいた「ネ20」


J3ターボジェットエンジン
エンジン J3-IHI-7B
全  長
 2,330 mm
外  径
   852 mm
重  量
  405 kg
推  量
 1,400 kgf
回転数
12,740 rpm
製  造
日本
主な搭載
T-1B



トップページへ